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オヤジファイト決勝戦 07/09/17

 ゴングがカーンカーンと鳴り
新宿ファイス、オヤジファイト、
シルバー・ウエルター級決勝がいよいよ始まる
決勝戦だから、客席は第一試合から満席、客のボルテージも上がる
1R
軽く挨拶をして試合開始、


相手選手は吉野文衛さん56歳私より2才先輩だ。
軽くジャブの応酬、なかなか決定打が出ないまま、1Rは終わった。
左腕の付け根が以上に痛い、力が入りすぎたのか、打たれたのかは判らないが
痛い、重い、息がかなり上がっている、セコンドが出した椅子に座ると
疲れがどーと襲ってきた、まだ1ラウンドなのに、どうしよう
 




今回もラウンドガールをしてくれた、元RQの東さんかなりセクシーな衣装
客から声援が上がる、

2R
腕が痛いまま、ゴングが鳴った、痛みを我慢をして左ジャブをたくさん打つ
相手の吉野さん、意外とタフ、がんがん攻められる


一瞬、負けるのでは変な考えが頭をよぎる
1分過ぎると相手の動きが遅くなった、連打を打とうとするが
左腕が痛く、単発で終わってしまう

盛り上がりも無く2Rも終わってしまう
きっとお客さんはつまらないだろうなー、なんてくだらないことを思う
相手の吉野さん椅子に座っていないのに気がついた。
私も椅子いらないと言って、立ち上がりながら
セコンドの指示を聞いた

3R
このままだと負ける、最後の力を振り絞り、最終ラウンドに向かう
不思議と、腕の痛みが消えて、息も平常に戻っている。
7発8発と連打を打つ、腕も痛くない大丈夫だ
どんどん攻める、さすがに吉野さん疲れてきて、動きが遅くなる
私の左のフックが当たるグラとした、前回の試合と同じだ
ここで連打、でも吉野さん打ち返してくる、あと30秒

息が物凄く苦しいが、前に出て連打を打ち込む
客が盛り上がり物凄い声援、そしてゴング・・・終わった。
コーナニ戻りヘッドギアーを取ってもらう

汗の塊が、リングに落ちる、体中から物凄い汗だ
そして判定の結果を聞く、3人のジャッジが私を勝ちに入れてくれた
でもぎりぎりの勝利、最後の30秒が無ければ、負けていたかもしれない

勝者にチャンピオンベルトが巻かれる、そして写真撮影
次回11月の後楽園ホールの防衛戦の招待状
ちょっとの差で天国と地獄だ、
又50日後に、試合だ、
大変だ、でも楽しい

TBS イブニング5特集「53歳の社長対決殴り合う親父達」 07/07/13

 




ゴングがカーンカーンと鳴り
新宿ファイス、オヤジファイト、セミファイナル
シルバー・ウエルター級準決勝2試合目がいよいよ始まる
私の前の2試合が、ドクター検診の結果中止を告げる
しらけた会場の雰囲気が伝わってくる、
試合時間が30分ほど早くなる、
心臓がバクバク汗も噴出す
いよいよ試合
リングアナが名前を呼び登場曲が鳴る
30年前の持ち歌、ハンダースの思い出の渚
リングに上がる、意外と気持ちが落ち着き
会場をゆっくり見て知り合いを探す
レフリーに呼ばれる、相手はずーとこっちをにらんでいる
コーナーに戻るとカーン試合開始だ



1R

ジャブの応酬、だが総合格闘技の藤原ジムの相手は
すぐクリンチをし、投げ飛ばそうとする、後半は
クリンチされそうになると、後ろに下がりながらパンチを打つ
あまり息が上がらないうちに、ラウンドが終わった、
ラウンドガールをしてくれた東さんと目が合う
今日の彼女いつもより綺麗




表は2Rと書いてあるパネル、裏はふぐ参虎と書いてあるパネルを
四方に見せながら、目の前を歩いていく、


2R

激しい打ち合いが続くが、お互いに決定打が出ない。
ボディを何度も受けるが、あまり効かない、
こちらもボディをおもいっきり打つ、小さくウッと声が聞こえた。
パンチの数は向こうのが多い。これから挽回しなければ、
そこで連打をうつ、心臓が爆発しそうだが、あと10秒
これが異常に長く感じた、練習で痛めたもう左手が動かない
へとへと疲れ果てたところでゴング

ファイナルR

息が戻らない、大きく吐いて吸ってとセコンドが言う
戻らないままラウンドが始まる
相手もむきになって打ってくる、こちらも最後の力を振り絞り
打ち返す、パンチを打つたび汗が飛び散る
セコンドのあと30秒の声が聞こえた時、
左のフックをちからいっぱい打つと顔面ヒット



相手がグラッときて、コーナーに寄りかかる、
前に出て右ストレート左ボディ右フック左ジャブ
今から考えると左手の痛みは忘れ、息をするのも忘れ
ひたすら倒そうと前に進む、
相手はコーナーがあってもう一歩も下がれない。



もう少しで倒れる、次を打とうとした時レフリーが
あいだに入った、急に興奮した自分を止められない
レフリーを思い切り殴る、レフリーが私を止めながらにらむ
ゴングがカーンカーンと鳴る試合終了



3R 1分47秒OK勝ち



 
この模様は13日TBSテレビイブニング5で放送された。
試合後2人共、当店にも来た事があるTBSアナウンサー三雲孝枝や小倉弘子は
試合のことより私の体の事(ムキムキマン)をひたすら言ったくれた。


体を鍛えて、プロテインを沢山飲んで努力した半年が、報われた。


女優高瀬春奈は私と性格が一緒 07/04/12

 

 女優高瀬春奈が雑誌の取材で店に来た、30年前「いちばん星」(NHK朝のテレビ小説)でヒロインを演じながら
病気のため途中降板で有名になった。その後ドラマや映画(伊丹十三 監督作品)にかなり出ている。
横浜出身,年齢も一緒の私が横浜市歌を口ずさむと続いて口ずさんでくれた。
30年前の彼女と私は遭遇していた、彼女も覚えていてくれた
私がいたハンダースがNHKの昼の番組でレギュラーをしていた時、朝のテレビ小説の番組宣伝で会った
輝いていた、物凄くいいスタイル、瞳がきらきらしていたのが印象でしたと言うと、小林さんだって輝いていたじゃないですか
と言われた、その後病気で朝ドラを降板、
ハンダースがレギュラーの笑って笑って60分で復帰後初の仕事で又会ったときビックリ!
高瀬さん体重が倍になって、顔も倍になっていた
当時太っていた私と兄弟の役でコントをしたような話をした、笑ってはいたが少し怒っていたかな
その後2〜3年後映画お葬式で見たときは、又すばらしいプロポーションに戻っていた。
私も小林さんと同じですよ、すぐ太るの、そしてすぐやせるの、揚げ物は大好き、洋菓子やケーキも酒は好きだし
グダグダ一日寝てるのも大好き、そして太るとダイエット、けらけら笑いながらのインタビュでした、
この雑誌は6月発売になります、出ましたら又書き込みます。


大食い姫ギャル曽根 07/04/01

 (日本テレビ3月22日放送あの人は今?)

 日本テレビの取材で店にギャル曽根がやって来た、テレビ東京の大食い番組で一躍アイドルになった娘だ、
今までの大食いタレントとは、全然違う、細い、若い、ちょっとケバイ、ギャル化粧、
声が高く態度も少し控えめ、
売れっ子になる要素がいっぱいある。
スタッフと一緒に店に来た彼女最初に一言{わたしいふぐ大好きなんですー}
この一言でオジサンはすっかり気に入ってしまった。
足らなかったらまだいっぱいあるよたくさん食べていいよ、
と言っておかわりを持ってこようとしたら、今日は大食いではないので本当にいいですー、
だいいち高い物ですから結構です。
とかなりケンキョ、プロダクションはどこなのと聞くと、
渡辺エンターテイメントです、じゃ後輩だと言うとびっくりしていた。
昔私も2年ほどお世話になっていた、少しは調べてこいよと笑いながら言った、
でもこの子の生まれる前だから知らなくて当たり前だろうな
放送は、ほんの2分間ぐらいだったが電話5本程すぐ店にかかってきた、
ほとんどがお馴染みさんや取引業者だったが
あまり店の宣伝にはならなかったが、
ギャル曽根に大将本当にいい体してるね、かっこいいよなんて言われ
仲良しになれてよかった、と勝手に思っている店屋の主人でした

元仲間が都知事選に 07/03/28

昔の仲間が都知事選に立候補した、店にやたら電話がかかってくる新聞社といっても
スポーツ新聞やタブロイド版夕刊紙や週刊誌もちろんTV局からも、
「現在の事は分かりませんよ僕がよく知っているのは30年前の金造ですよ」
必ずこう言うのだが、ああ!それ!それ、それが知りたいのと旨くのせられ
貴重な時間を店のため何の利益も生まない事に時間を費やす。
そんな中、今月の22日、日本テレビで「あの人は今」という番組に店の宣伝を
するからと言われ出演してしまった。金造や清水あきらと一緒の写真や当時の曲
ハンダースの思い出の渚のレコードが流れた後で、
私が店の白衣で登場今はふぐ屋を経営しています。と言ってコーナーは終わったがこの後から
取材の電話が多くかかり始めた、選挙違反になるので良くも悪くも言いませんよと
必ず言うが、後で記事を読むと余計な事をかなり言っている、
物凄い遠い世界の事と思っていた知事選が、急にクラス委員選挙のように身近になった
週間文春3月22日発売号

一親父ファイト結果報告一 07/03/25
18年8月プールで孫と遊ぶメタボおじいちゃん                           19年3月25日新宿フェイスにて撮影

            、        

3月25日、PM2時リングアナウンサーがマイクで唄うように私の名を呼ぶ、スポットライトが客席をめぐる、
スポットが止まると私が立っているステージが周りより明るくなる、
そこで着ていたTシャツを破り捨てポーズをつけると全客がウォーと叫ぶ、ゆっくりと歩きながらリングへ見向かう
リングに上る階段でちょうど私の年齢を連呼する!53歳!53歳と又客席がざわめく、
相手選手の顔を初めて見る、39歳14の差だ

1R:相手の動きをお互いに見ながらジャブの応酬なかなか激しいパンチはお互い出さないが、
あと残り30秒の声で、激しく打ち合ったとき1Rは終わってしまった、
物凄く疲れている、100Mのダッシュを3本やった後のように心臓が悲鳴を上げる、
コーナーに戻り、深呼吸をして息を戻す

2R:相手がいきなり激しく打ってくるよけそこね、激しく左のボディを受ける、
相手のセコンドが効いている効いている、
と叫ぶ声が聞こえる、いきなり左フックを撃ってみた当たらなかったが、次のストレートが決まった
相手のびっくりした顔が印象に残る、お互いに息が上がる
相手が苦しそうにクリンチを繰り返すと終了のゴングがなった。

3R:頭の中はどうしたら途中でやめられるか、そんなことしか思い浮かばなかった、
いつもの練習のように
ガードを上げろとか前へ前へ出るとか今考えるとそのようなことが全く何にも浮かばない、
心臓が爆発しそう、足がもつれて動かない手が重いパンチがどんどん遅くなる、
あと30秒と声が聞こえた時、レフリーが割って入った、レフリーストップだった、
相手の選手の安心した笑顔を見て、初めて自分が負けたことを知った。

コーナーに戻ると嵐のような拍手、
ナイスファイトと叫んでくれる、勝利者と握手をするまた大きな拍手、
控え室に入るまで鳴り止まなかった

1週間酒と食事を抜いてプロテインとプロポリスと一日一本のバナナだけ、
おかげで体重は計量時61kgまで落ちた
締まった体をよりシメテ見えるように日焼けサロンに通い髪の毛も真っ黒に染めた、
でも負けてしまった・・
悔しさはない・・今の気持ちは・・・又やりたい!   

一親父ファイトのポスター 07/03/5

            、     19年3月4日撮影

3月25日のボクシングの試合のポスターと出場者パスツールが送られてきた。12時試合開始の7試合目だそうだ、
14時ごろかな、相手は39歳のボクシング歴2年半の人だ。
なるべく毎日ジムには行っている、
年齢や持病(腰痛と心臓不整脈)のせいにして練習をさぼったり、手を抜いたりすると試合に跳ね返ってくるから、
今まで以上練習に根をこめるが、スパーリングを付き合ってくれる
若いトレーナから見るとまだ甘いと毎日おごられてしまう。
スパーリングをすると体重が3キロ程落ちる、
不整脈の心臓も爆弾を抱えた腰も悲鳴を上げるが、練習を終わってからのサウナと水風呂で生気を取り戻す
店に帰ってからはしばらくボーとしてしまう、

内臓脂肪がたっぷり付いていて心臓の手術がやりづらいと医者に言われた一年前
53歳のメタボリック親父の体ではなくなっている。体重と体型がかなり変わってきましたので写真を載せます
次回は試合当日の結果と写真を載せる予定です

なつかしの映像 07/2/5

 ボクシングジムで汗を流して練習していると、同じぐらいの年の練習生に昨日スカパーで小林さんの若い頃のドラマを見た
と言われた、さっそく店のスカパーで見てみた、金曜日の昼間10時からやっていた{ただいま放課後}
私の遅い青春時代(23歳ぐらい)の映像だった
たのきんトリオが主演のドラマ
でたのきんというグループ名もこのドラマのとき公募して決まった。恥ずかしながら私が最初に所属していた
ハンダースも当時かなり人気があっていつも若い女の子に囲まれていた。今の若手お笑いコンビの人気みたいで少し勘違いをしていた。
しかしジャニーズ事務所のタレントは人気の桁が全然違う、ドラマの出番がいつも一緒だった私は
ジャニーズのロケバスによく一緒に乗っていてかなり驚いた、ドラマの現場にはいつも何百人のファン
,
ファンレターはダンボール単位、ファンのプレゼントもダンボール単位、撮影の合間に頼まれるサインの枚数も何百枚単位
もう四半世紀前の話だが昨日のように憶えていた。
たのきんも近藤真彦だけジャニーズにの残り今スマップや少年隊に
マッチさんマッチさんと慕われている。3年ぐらい前赤坂のナイトクラブで偶然となりの席になったことがあった。
他の人の手前軽く挨拶を交わすぐらいだったが笑顔は25年前のまんまだった。